北海道どら焼きヌーボー22年の歩み①~小豆生産者・辻野さんともりもとの物語~

2026年秋。
22年間、「北海道どら焼きヌーボー」の小豆を育て続けてくださった、北海道・十勝芽室町の小豆生産者の辻野さんがご勇退されます。
今年は、辻野さんが育てた小豆でつくる、最後の「北海道どら焼きヌーボー」。
毎年秋になると、私たちは芽室町の畑を訪ねてきました。
「今年の小豆はどうですか」
「雨は多くなかったですか」
「夏の暑さは大丈夫でしたか」
そんな会話を交わしながら、実ったさやを見て、土に触れて、その年の小豆のことを教えていただく。
そのひとときが、どら焼きヌーボーづくりの始まりでした。
ひとつの出会いから、すべてが始まりました
「穫れたての新小豆を使って、どら焼きをつくれないだろうか。」
2004年。
そんな発想から、「北海道どら焼きヌーボー」の物語は始まりました。
収穫したばかりの小豆だからこそ味わえる、みずみずしさや香り。
ワインのように、その年の実りを楽しむ。
素材を大切にしたい私たちと、畑で小豆に向き合う辻野さんとの出会いが、22年にわたって続くつながりの始まりでした。

毎年、同じ畑へ

22年間、私たちと辻野さんの関係は、ただ小豆を受け取るだけのものではありませんでした。もりもとの社員や和菓子職人は、毎年、十勝・芽室町の畑を訪ねてきました。
今年の天候。
小豆の育ち具合。
土の状態。
収穫までの苦労。
畑に立って話を聞くことで、私たちも少しずつ、小豆のことを知っていきました。
同じ場所を訪れても、同じ年はひとつもありません。
雨が多い年もあれば、暑さの厳しい年もある。
順調に育つ年もあれば、思うようにいかない年もある。
それでも秋になると、辻野さんはその年の小豆を見せながら、いつものように話してくれました。
自然と向き合いながら、22年間
農業は、決して思い通りにはいきません。
長雨で畑に入れない年。
収穫直前に大雨に見舞われた年。
猛暑に悩まされた年。
そして今年も、春先にはエゾシカによる被害がありました。
自然の厳しさに直面しながらも、一年一年、小豆を大切に育て続けてくださった辻野さん。
「毎年、なかなか思い通りにはいかないね」
そう笑う姿からは、長い年月、畑と向き合ってきた人だからこその強さを感じます。
以前、辻野さんはこう話してくれました。
「いい時も悪い時もあった。それでも、毎年どら焼きヌーボーに使う小豆をきちんと届けられたことが、一番の誇りだ。もりもとさんが毎年小豆を使ってくれるのが、大きな励みになっている」と。
私たちにとっては、毎年小豆を届けていただけることが、大きな励みでした。
そして辻野さんにとっても、私たちがその小豆を使い続けることが、励みになっていたのです。
互いの思いに支えられ、積み重ねてきた22年間。
そのつながりがあったからこそ、「北海道どら焼きヌーボー」はここまで続いてきたのです。
2026年、ひとつの節目を迎えます
2026年秋。
小豆生産者の辻野さんがご勇退されます。今年は、辻野さんが育てた小豆でつくる最後の「北海道どら焼きヌーボー」です。
けれど、この22年間で育ったものは、小豆だけではありません。
人と人との関係。
素材を見る目。
ものづくりへの姿勢。
そして、次の世代へつないでいく想い。
どら焼きヌーボーは、これからも続いていきます。
▶北海道どら焼きヌーボーを支えた22年②~小豆生産者・辻野さんと和菓子職人の絆~へつづく
22年間のありがとうを、辻野さんへ

もりもとでは現在、「北海道どら焼きヌーボー」の思い出やご感想、小豆生産者の辻野さんへのメッセージを募集しています。
毎年この季節を楽しみにしてくださっていたこと。
ご家族と召し上がった思い出。
初めて食べた時のご感想。
そして、辻野さんへ伝えたい「ありがとう」。
どんなことでも構いません。
皆さまからいただいた言葉は、大切に辻野さんへお届けいたします。

※上記掲載情報は2026年10月13日(火)時点のものとなります。掲載情報は変更となる場合がございます。予めご了承くださいませ。